# 『よく眠れた』

短編・8分・ドラマ。「シガレット」とは無関係のサンプル脚本。
作法は [00-short-film-craft.md](./00-short-film-craft.md) を参照。

一行で言うと: **薄い壁の向こうで毎晩何かが起きている。男の目標は、眠ること。**

暴力は一度も画に出ない。全部、壁の向こうの音。主人公は一度も悪いことをしない。
観客は最後まで彼の側にいて、最後の一行で自分がどこに立っていたかを知る。
罰は与えない。罰があると観客が楽になる。

## 人物

- **岸本**（41）。派遣の事務。独身。このアパートに越してきて三週間。真面目で、人に迷惑をかけない人。
- **警官**（二人）。制服。終盤のみ。
- **隣室の声**。女。姿は一度も見せない。台詞も聞き取らせない。

## 音の設計

壁の向こうの音は三つだけ。**鈍い音（一つ、または二つ）**。**間**。**くぐもった女の声、謝っている抑揚**。
言葉は絶対に聞き取らせない。テレビかもしれない、と主人公が自分に言える程度に。
男の声は入れない。殴る音も入れない。何が起きているかは、観客が決める。

## 序（0:00〜2:00）

○アパート・岸本の部屋（夜）

　暗い部屋。壁。デジタル時計、2:13。
　壁の向こうから、鈍い音。一つ。
　岸本の目が開く。
　沈黙。
　それから、壁越しに、くぐもった女の声。言葉は分からない。謝っている抑揚。
　岸本、天井を見ている。
　声が止む。
　岸本、目を閉じる。開ける。閉じる。

○同・共用廊下（朝）

　岸本、目の下に隈。スーツ。鍵を閉める。
　隣室、201のドアの前を通る。表札は無い。ドアの横に、女物の靴が一足、きれいに揃えてある。
　岸本、見ない。階段を下りる。

○同・岸本の部屋（夜、二夜目）

　2:40。同じ音。今度は二つ。間。声。
　岸本、枕元のスマホを手に取る。画面の光が顔に当たる。
　検索窓。「隣 騒音 対処」。
　結果。「管理会社に相談」「直接の注意は避ける」「耳栓を試す」。
　岸本、「耳栓」をタップする。

## 破（2:00〜6:00）

○ドラッグストア・耳栓の棚（昼）

　六種類。岸本、値札を見比べて、いちばん高いのを取る。

○岸本の部屋（夜、三夜目）

　耳栓を押し込む。横になる。
　時計、1:58。
　音。
　耳栓越しでも、分かる。耳ではなく、枕を通して、頭で分かる。
　岸本、耳栓を片方外す。
　壁に、耳を近づける。
　寸前で、やめる。
　耳栓を戻す。天井。

○同（昼）

　スマホ。アプリストア。「ホワイトノイズ」「雨音」「焚き火」。
　家電量販店の袋。小さなスピーカー。

○同（夜、四夜目）

　雨音が部屋を満たす。スピーカーの緑のランプ。
　岸本、目を閉じる。
　雨音の下で、鈍い音。
　岸本、目を開けずに、音量を上げる。上げる。上限に当たる。
　それでも。
　岸本、起きる。
　ベッドを見る。ベッドは壁際にある。

○同（深夜）

　岸本、ベッドを部屋の反対側へ引きずる。畳が擦れる音。
　本棚を壁側へ。本を詰める。詰める。段ボールの本を全部出す。壁を本で埋めていく。
　4:10。汗。
　できあがった部屋。壁一面が本棚。ベッドは窓の下。
　横になる。
　遠い。かすかに、まだ。でも、遠い。
　眠る。

○同・共用廊下（朝）

　郵便受けに管理会社の掲示。「入居者各位　生活音に関するお願い」。定型文。
　岸本、部屋で便箋を出す。書く。丁寧な字。
　「夜間の生活音にご配慮をお願いいたします。202号室」
　封筒に入れる。
　廊下。201のポストに入れる。
　揃えてあった靴。今日は、片方が倒れている。
　岸本、直さない。階段を下りる。

○岸本の部屋（夜、五夜目）

　2:00。
　3:00。
　4:00。
　何も聞こえない。
　岸本、暗闇で目を開けている。待っている。
　来ない。
　岸本の顔が、ゆるむ。
　眠る。

## 急（6:00〜8:00）

○同（朝、六日目）

　目覚まし。
　岸本、久しぶりに、ちゃんと寝た人の顔。
　カーテンを開ける。光。伸びをする。
　鍵。ドアを開ける。

○同・共用廊下

　制服の警官が二人。201のドアが開いている。中は見えない。
　靴は、無い。

警官「202の方ですか。すみません、少しだけ。お隣の方について、何かお気づきのことは」

　岸本、考える。本当に考えている顔。

岸本「……特には」
警官「夜間に、物音とか」

　間。

岸本「最近は、静かでした」

　嘘ではない。

警官「そうですか。ありがとうございます」

　警官、手帳に書く。岸本、頭を下げて、階段へ。
　二段下りて、止まる。
　戻らない。下りる。

○同・岸本の部屋（夕）

　岸本、帰ってくる。ドアを閉める。
　壁一面の本棚の前に立つ。
　本を一冊、抜く。
　隙間から、壁。白い壁。何も無い。
　しばらく見て、本を戻す。

○同（夜）

　布団。窓の下。
　スピーカーの緑のランプ。岸本、手を伸ばして、消す。雨音は要らない。
　静か。
　岸本、目を閉じる。
　寝息。
　壁。
　暗転。
　エンドロールは無音。

## どこで何を使ったか

- **5秒の掴み**は「壁の音で開く目、2:13」。状況説明は無い。
- **目標と障害**。岸本の目標は「眠る」。障害は壁の向こうの音。観客は最初から彼の目標を共有する。
  眠れないのは辛いから。ここが罠の入口。
- **破の3段**は全部「自分の側をいじる」。耳栓、雨音、部屋の改造。段ごとに労力が増え、
  段ごとに壁から遠ざかる。壁に耳を近づけて寸前でやめる一動作が、彼の選択の全部。
- **善意の行動が事態を悪化させる**。彼が唯一「相手に向けて」する行動が、騒音の苦情の手紙。
  彼にとってはこれが最大限の配慮で、丁寧に書く。それが届いた翌晩、静かになる。
  なぜ静かになったかは言わない。倒れた靴だけ置く。
- **カセ**は五つ。場所（薄い壁、越して三週間で引っ越せない）、秘密（知っている）、
  社会的つながり（隣人トラブルには関わらない、という掟）、誤解（テレビかもしれない、と自分に言える余地）、
  内心（知りたくない）。
- **クライマックスの予感**は、五夜目の静けさ。彼の顔がゆるむ。観客もここで息をつく。
  つかせるために、破の3段で観客を疲れさせておく。
- **反転**は「最近は、静かでした」。嘘ではない。事実として正しい。彼は通報を妨げていないし、
  何も隠していない。ただ、彼の「眠る」というプロジェクトが成功した夜と、警官が来た朝が、
  同じ夜を挟んでいる。観客はこの一行で、自分がどの夜に安心したかを思い出す。
- **落ち**は画。本を一冊抜いて、白い壁を見て、戻す。それから、初めて雨音を消して眠る。
  彼はよく眠れる。これから毎晩。罰は無い。それが残る。
- **見せないもの**。隣人の姿、男の声、殴る音、部屋の中、何が起きたか。全部観客が埋める。
  埋めた瞬間、観客は岸本と同じことをしている。
- **規模**は1棟、画面に出るのは岸本一人と警官二人。台詞は7行。音の設計がすべてで、
  夜の室内・壁・本棚・ベッドの静止画寄りの構図が多く、生成向き。
